今の時代、日常的に手を合わせることが少なくなってきている。それは、死んでしまったらもう何もないんだから適当でいい、今生きている瞬間が楽しければいい、という考えを持つ人が多いから。

けど、よく考えてみて欲しい。今が楽しめるはどうして?それは、「死」というものが必ずあるから。「死」がない世界には、楽しみも喜びも悲しみもない。今が楽しいのは必ずそれが終わってしまうから。「別れ」というものが必ずあるから。

このことを教えてくれるのが身近な人の死であり、このことを自覚できるようになれば、人は感謝するもの。そして、死者に感謝する唯一の方法は手を合わせること。普段から、「毎日が楽しめるのは、死を教えてくれたあなたのおかげ」と感謝し、自然と手を合わせることができるようになることが一番尊いことです。

東大、京大に入るための勉強よりも、手を合わせること、その意味をまず先に教えることがとっても大切なんではないでしょうか。

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今日の法要で住職さんが述べられた言葉の要約です。
数時間前のことなのに、ところどころ飛んでるなあ。

痛いところをズバズバ突かれました。特に最後w
確かに今年手を合わせたのは今日が初めてかもしれない。

先人の死の上に自分の生があることは頭では理解してるつもりでも、行動が伴わないのはやっぱりちゃんと自覚できてないんですよね。これを機に自覚し、行動できるようにしたいです。


おじいちゃん、ありがとう。

コメント

トムリン
2010年12月23日22:16

まず、「いただきます」「ごちそうさまでした」からですよ。
食のありがたみ、大事です。

Rikuya
Rikuya
2010年12月23日23:31

私も身内に不幸があった時、同じことを言われました。
上の方の食事の話も含めて、他の命に感謝するということ、大切なことだと思います。他の命があって「自分」という存在があるので・・・。

Nムラー
2010年12月24日14:46

>トムリンさん
そうですよね。
最近はそれすらもまともにできてない気がします。

>Rikuyaさん
まさにその通りですよね。
けれど、普段なかなかそれが実感できない。なくしてみて初めて分かるんですよね。

nophoto
梅太郎
2010年12月25日0:16

>痛いところをズバズバ突かれました。特に最後w
実にピンポイントでしたね。

先日は突然のことで私も何と言っていいやら言葉も浮かびませんでした。
色々と大変だと思いますが、ムラーさん自身も体調を崩されないように気をつけてください。
また落ち着いたらご連絡ください。
(名前で私が誰かはわかると思いますが。口調はこれがネット上のデフォルトなので)

Nムラー
2010年12月25日8:45

>梅太郎さん
ありがとうございます。
住職さんは自分が子供の頃からお世話になっている方なので、わかった上でおっしゃったのかもしれません。

また連絡します。

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